Vol.7 ネームもロゴも 難しい方が面白い
by RIDERSCLUB

  1. クシタニの製品は

たゆまぬ進化 × 変わらぬ伝統

“走る広告塔”と呼ばれるように、カラフルなデザインにさまざまなスポンサーのロゴマークが貼られたプロライダーのレーシングスーツ。もちろんホビーライダーも、スーツの背中に自分のネームを入れて、その“気分”に浸れる。そんなライダーの夢ともいえる“ネーム”を担当するのが大石春美さんだ。

「もう26年も前ですが、本社工場に家が近いという理由でパートに入ったんです。最初はネームを切って貼るだけ、という話だったので。縫い付ける作業は後からですが……、じつは私、ミシンとか家庭科とか大嫌いなんですよ(笑)」と、信じがたい言葉が出た。

「でも、昔から絵を描くのが大好きで、趣味で油絵もやっていたのです。だからミシンは好きではなかったけれど、革を切って貼ると絵が描けるじゃないですか。さまざまな色数を組み合わせたりして、すごく楽しい。だからネームを縫い付ける仕事もすぐにやるようになりました」。

 とはいえ対象はレザースーツ。クシタニの革はしなやかだと言っても、やはり革は革。しかも立体裁断だから、ネームをつける面は平面ではない。背中のハンプなど最たるものだ。

「お客さんのイメージ通りに作るのが仕事ですから。背中のハンプに載せたネームは“真っ直ぐ”に見えないとダメですよね。今はパソコンのソフトを使って、凸面に貼り付けた時に真っ直ぐに見える型紙を作れますが、昔はハサミで紙を切り貼りして文字の形や太さ、字詰めとかを調整して型紙を作ったんですよ。デザインやロゴマークも同様で、例えば真ん丸(に見える)マークも、縫い付ける前はギターのピックみたいな形だったりするんです。大変だけれど、そんな工夫も楽しいです」

 

ちなみに“今はパソコンだから簡単……”というが、大石さんがパソコンを触ったのは、もちろんクシタニに勤めてから。というか2007年からだという。

「最初はマウスでクリックして、ツーっとドラッグすることすら、難しくて上手くできませんでした」

それでもゼロから勉強し、画像ソフトや加工ソフト(コレも使い勝手の良いものを大石さん自身が探した)を駆使して、ネームやイラストをバランスよく配置したり、デザインまで手掛けるのだから驚かされる。

「画像ソフトは楽しいですよ(笑)。猫や孫の写真を加工したり、色々できますから。グラデーションにしたり、アウトラインが描ければ、それを革で作ることができるんです」

近年は手間やコストの兼ね合いもあり、とくにスポンサーロゴは“プリント”が多い(パソコンと専用プリンターでフィルムに印刷し、ベースの革に熱圧着。コレも大石さんが担当する)。ライダーのネームも、ベースに文字を縫い付け(もしくはプリント)して“ワッペン状”に作ったものをレーシングスーツに縫い付ける仕様が主流になりつつある。しかし大石さんは、一文字ずつスーツ本体に縫い付ける、昔ながらの手法の“直縫い”の方が面白いという。
「イラストとか、難しいもモノの方が楽しいですね」と笑顔で言うが、2mm幅の文字やイラストを、ほぼ完成した状態のレーシングスーツに直接縫い付ける技術は、まさに職人技(下の編集長・小川のスーツのRIDERSCLUBのロゴを参照。細い文字を直縫いしている。上の猫も、毛並みや髭の一本一本まで縫い込んだ驚異的な仕上げ)。

ところが大石さんも、他のクシタニ職人と同様に“慣れれば誰でも出来ますよ”とこともなげに言う。また、「レーシングスーツの本体のように強度とかを求められない、あくまで“見た目”ですから気が楽ですよ」と謙遜するが、文字のめくれなどルックスを損なわないため、きっちりと文字の端を丁寧に縫い込むクォリティは群を抜く。“直縫い”の風合いが素晴らしいが、ネームの端がめくれたりすると、いくらプロテクションや走る機能に影響が無くても、途端に古さや傷みを感じてしまう。それでは“走る広告塔”であるプロライダーのレーシングスーツにとっては致命的だし、もちろん一般ユーザーだって嬉しくない。

「仕事ですから大変なこともありますが、自分に合ったこの仕事に巡り合えたことは幸せですね。だからクシタニに入ってよかったと思っています、一生の仕事ですね。ただ一つ困ることは、後継者がいないことでしょうか(苦笑)」。これはモノ作りの現場が常に抱える悩みだが、“我こそは”という方は、クシタニの門を叩いてみてはいかがだろう。

ライダースクラブ編集部

1978年から続く、バイクを趣味として楽しむ大人のための二輪総合誌。創刊から一貫してスポーツバイクの楽しみ方を探求、時代に合わせて多彩なバイクライフを提案し続けているオピニオン・マガジンです。

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