キャリアの長いライダーがよく口にする「いつかはクシタニ」。たしかにクシタニは、日本で初めて革製レーシングスーツを手掛けたメーカーだが、その憧れは老舗だから……ではない。
1953年、当時のスズキから革製の“レース服”を依頼されたのが始まりだが、それから70年近く経過し、マシンの性能はもちろんライディングスタイルも大きく変わっている。その変化に、常に向き合い進化を重ねる姿こそが、クシタニに憧れる最たる理由だ。
たとえば1970年代には、腰をイン側に大きくズラす“ハングオフ”が登場。そこで突き出したヒザを保護するニーカップを開発。80年代には、そんなリーンインのフォームに対応し、身体にフィットしつつ運動性を高めるシャーリングや立体パターンを生み出した。盛り上がりを見せた鈴鹿8耐の暑さ対策に、パンチングメッシュを始めたのもこの時代。
90年代にはいっそう運動性が求められ、雨や汗による重さや動きの悪さを防ぐ、撥水性と透湿性を持たせたレーシングスーツ専用皮革「プロトコアレザー」を開発。そして伸縮性の高いニットを随所に配置。一見するとニットは革より弱そうに感じるが、それでは意味がない。そこで初期はケブラーニット、その後はさらに強靭なザイロンニットを採用している。
2000年を過ぎて、ロードレースはモトGPを頂点に、さらにハイパワー&高速化。ライダーは身体の可動域の広さを求め、クシタニはその声に対応すべく新パターンの開発や空力まで考慮。
プロテクションと運動性という、ともすれば相反する課題を愚直なまでに追求し、素材や形状だけでなく、革の裁断方法や転倒しても裂けない縫製方法などもアップデートを重ねている。
そしてこれらの“技術”は、すべて市販品に投入されている。たとえばアライズスーツは、プロライダーが着用するものと、素材から製法まで何一つ変わるところがない。厳密に言えばフル採寸と既成サイズの違いはあるが、一般ライダーもイージーオーダーやフルオーダーが可能だ。
レーシングスーツは“バイクウエアの究極”だが、クシタニはレザージャケットやテキスタイルウエアなども“バイク用”というベースラインから外すことなく、かつ時代や乗り手の変化に合わせて素材や形状、デザイン性も含めて進化の手を緩めない。そこに、クシタニを選択する理由があるのだ。