MotoGPチェコGPが、2020年以来、5年ぶりに開催されました。今回は、ブルノ・サーキットやパドックの雰囲気、レースウイークのライダーの様子を現地での取材からお届けします。
長い歴史を持つブルノ・サーキット
ブルノ・サーキットは、チェコの首都プラハから、クルマで200㎞ほど南東に走った場所にあります。また、ブルノの都市にも近く、ブルノ中心地からはクルマで20㎞ほど走れば着きます。
MotoGPチェコGPは、2020年以来、5年ぶりに開催されました。開催地であるブルノ・サーキットはとても深い歴史を持つサーキットです。その始まりは、1930年。日本では昭和初期にあたります。当初は現在のようなクローズド・サーキットではなく、公道を使ったコースでした。全長は29.1kmもあり、ブルノの街からサーキット西にあるオストロヴァチツェにかけてがコースになっていました。サーキットの名称も「マサリク・サーキット」でした。
ロードレース世界選手権(WGP。現在のMotoGP)は、まだチェコスロバキアだった1965年に初開催されました。その当時でも、コース全長は13.9kmありました。ちなみに、鈴鹿サーキットで日本GPが初開催されたのは、その2年前、1963年です。その後、ブルノはロードレース世界選手権のカレンダーから外れましたが、公道を使用したコースからクローズド・サーキットに変化し、1987年に再びWGPが開催されました。
ブルノの街からサーキットへ向かう一般道の途中に、まだ公道レースだったころの名残があります。今回は残念ながら写真をお見せできませんが、当時のピットやコントロールタワーが残っているのです。
そんなブルノ・サーキットは、森に囲まれた場所にあります。サーキット周辺の道は狭く、その狭い道を、観客が歩いてサーキットを目指していました。昼間は明るいのでいいのですが、夜になると街灯が全くなく、文字通り真っ暗闇です。クルマのヘッドライトに突然照らし出される歩行者にぎょっとすることも、しばしば……。なお、5年ぶりに開催されたチェコGPは、週末を通じて約22万人の観客を集めたそうです。




トレーラーとホスピタリティが並ぶ、ヨーロッパならではのMotoGPパドック
それでは、ブルノ・サーキットのパドックの様子をご紹介しましょう。
ヨーロッパで開催されるグランプリは、基本的に陸地移動なので、チームやサプライヤーのトラック、トレーラーがグランプリを転戦します。ですから、大まかに言えば、どのグランプリもパドックに並ぶものは基本的に変わりません。その配置がサーキットのパドックによって異なるだけです。5年ぶりに開催されたチェコGPですが、以前を知る関係者は「パドックはちっとも変わっていない!」と、どこか楽しそうに話していました。
ブルノ・サーキットの場合、メインのピットが並ぶパドックはあまり広くはありません。パドックにはMotoGPクラスのチームトラックが並び、その前には該当するチームのホスピタリティがあります。ただ、全てのMotoGPチームのホスピタリティがこの場所に並んでいたわけではなく、MotoGPクラスであってもレッドブル(KTM)やBK8・グレシーニ・レーシングMotoGPのホスピタリティは、少し離れたパドックに配置されていました。






常設のピットの数も多くはなく、今回は多くのMoto2、Moto3クラスのチームがテントピットを使用していました。日本人ライダーである國井勇輝選手、今回ワイルドカード参戦した羽田大河選手、古里太陽選手が所属する(イデミツ)ホンダ・チームアジア、佐々木歩夢選手が所属するRW-イドロフォーリャ・レーシングGP、山中琉聖選手が所属するフリンサ-MTヘルメット-MSIは、チェコGPでは軒並みテントピットを使用していました。
テントピットの場合、常設ピットから少し離れた場所にあるので、セッション開始と同時にパドックの一部が「通行止め」となり、一時的にライダーがコースに出ていくための「ピットロード」になります。
といってもパドックの一部を柵で囲っているような状況なので、Moto2、Moto3クラスのライダーをかなり至近距離で見ることができます。セッションが始まると同時にライダーがコースに出ていきます。そのスピードはとてもゆっくりなのですが、「セッションに向かう」ライダーのひりひりとした緊張感は、とても迫力があります。そんな圧倒的な「プロフェッショナル」に触れることができるエリアでもあります。テントピットは日本GPにもありますので、パドックに行かれる方は見に行ってはいかがでしょうか。

レースウイークのライダーたち
ライダーたちのレースウイークの一部をお伝えしましょう。
MotoGPの週末は、主に木曜日から始まります。走行は金曜日からですが、木曜日には取材対応が始まるのです。これも、どのグランプリでも変わりません。木曜日には全ライダーのテレビ取材や囲み取材があり、数名のライダーによるプレスカンファレンスが行われます。
クシタニがサポートするMotoGPライダー、小椋藍選手の囲み取材の様子です。囲み取材は英語とライダーの母国語の2種類で行われます。小椋選手の場合は、英語と日本語での対応です。この囲み取材のほかにテレビの取材なども行っているので、ライダーは何度も何度も質問に答えなければなりませんし、出席するイベントの数もMoto2時代に比べて多くなります。以前、その多忙さについて尋ねましたが、小椋選手は「今のところ、そこがストレスになっていることは一切ないですね」ときっぱり答えていました。


ただし、プレスカンファレンスは基本的に英語のみの質疑応答となります。チェコGPでは2024年チャンピオンのホルヘ・マルティンが復帰して、木曜日にマルティンのプレスカンファレンスが行われました。なお、マルティンはこのときに、2026年もアプリリア・レーシングから参戦することを表明しています。
マルティンの場合、そこにいたるまでの背景もあって、非常に注目を集めた復帰でした。このため、チームは急遽、プレスカンファレンス後にアプリリア・レーシングのホスピタリティでマルティンの母国語であるスペイン語と、英語でのメディア対応を実施しました。プレスカンファレンスも含めて様々な種類の質問が飛び交いましたが、マルティンは一つ一つの質問に、とても冷静に、丁寧に答えていたと思います。

さて、以下に紹介するのは、日曜日の決勝レース直前のライダーの様子です。多くのライダーは、ピットからグリッドまでにコースを1周するサイティングラップを終えてグリッドにつくと、いったんピットに戻ります。小椋選手も、その一人。以下の写真は、スタート時刻が迫っていたので、ピットからグリッドに戻っているところです。
この後ろに続いていたのは、チャンピオンシップのランキングトップ、マルク・マルケス選手です。ライダーたちは、こうして集中力をマネジメントしているのですね。


MotoGP現場のクシタニのレーシングサービス
クシタニは、MotoGPのパドックでレーシングサービスを行っています。2025年は5名のライダーがクシタニのレーシングスーツで戦っています。MotoGPクラスに参戦する小椋選手、ソムキアット・チャントラ選手(残念ながら、チェコGPは怪我により欠場)、Moto2ライダーの國井勇輝選手とマリオ・スリョ・アジ選手、Moto3ライダーのタットチャコーン・ブーシュリー選手がクシタニライダーです。
チェコGPでは、小椋選手が金曜日午前中のフリープラクティス1で転倒を喫しました。幸いにも本人に怪我はありませんでした。転倒後、小椋選手はクシタニのレーシングサービスにやって来て、少し話をしていったのだそうです。MotoGPライダーの場合、アシスタントがレーシングスーツをサービスまで持ってきますから、ライダー本人が足を運ぶ必要はほとんどない、と言っていいでしょう。MotoGPのパドックでは数少ない日本語で話せる場所に来る、理由があったのかもしれません。
こうした転倒後のレーシングスーツの補修作業は、現場で行われます。また、レーシングスーツを塗り直す作業も行っています。例えば、胸部のレザー。以下の写真からもわかるように、タンクの形状やライダーのライディングスタイルによって、走るだけで擦れたり汚れたりしてしまうのです。このため、MotoGPライダーの場合、セッションのたびに元の美しい色合いになるよう塗り直すというわけです。
レーシングスーツでライダーを守るクシタニは、このように世界最高峰の舞台で戦うライダーのスタイルにも貢献しているのです。





MotoGPチェコGPから、現地の様子をお届けしました。