小椋藍のMotoGP昇格に日本のレースファンが沸き立つ中、もうひとりのアジア人ライダーも、2025年シーズンにMotoGPクラスデビューを果たします。サムキアット・チャントラ――タイ出身の27歳。チャントラのキャリアは、驚くほど小椋と似通っています。
年齢ではチャントラが3歳上で、メジャーレースデビューは、ふたりともアジアタレントカップ。カップがスタートした2年目の2015年にデビュー。いまからちょうど10年前の話です。
このシーズン、タイ・チャーンサーキットで行なわれた開幕戦のレース1で、いきなりチャントラが優勝! しかしチャントラはシーズン中盤に負傷し、12レース中8レースを欠場。ランキング12位に終わっています。同じシーズンにデビューした小椋も、この年に1勝を挙げてランキング7位で終了しています。
そして翌16年には、開幕戦・タイ大会で、レース1で小椋が優勝し、レース2はチャントラが優勝。このふたりがチャンピオン争いを繰り広げながら、チャントラと小椋はともにシーズン3勝を挙げて、チャンピオン決定戦となった最終戦のレース2で、小椋が転倒リタイヤ。このレースで優勝したチャントラが、タレントカップ参戦2年目でチャンピオンとなり、小椋はチャントラに続くランキング2位となったのです。
翌17年には、チャントラと小椋はCEV(=スペイン選手権Moto3クラス)へ、小椋はレッドブル・ルーキーズカップにも出場し、18年にはふたりとも世界グランプリMoto3クラスにワイルドカード参戦。19年に、揃ってHondaチームアジアのレギュラーライダーとなるのです。
「アイとは2014年に初めて会って、その時から一緒にレースをするようになりました。その頃からアイは速くて、タレントカップやCEVで競い合って。そのあたりから少しずつ仲良くなって、Hondaチームアジアでチームメイトになった時に、もっと仲良くなったんです」(チャントラ)

ふたりがHondaチームアジア入りした2019年、チャントラはMoto2クラスに、小椋はMoto3クラスにと参戦クラスが分かれます。グランプリ参戦からすぐに大排気量クラスにステップアップ、いきなり激戦区に放り込まれたチャントラと、グランプリでもMoto3クラスに継続参戦し、じっくり育てられた小椋。21年には小椋もMoto2クラスにステップアップし、ここでふたりは3年ぶりに同じクラスを戦うことになるのです。
「Moto2に上がってきた時、アイはさらに速いライダーになっていて、自分の走りはもちろん、チームが上手く回るようなこともしてくれましたね。僕はアイからライディングスタイルを学んだし、人間として素晴らしいし、最高のチームメイトです」
小椋はチャントラのことを「パドックでいちばん近い友だちみたいな感じ。いつも明るくてハッピー、いい人を絵に書いたような、まわりのムードを作ってくれるひと」と言います。お互いを認め合う、いいライバルであり、いい友人同士なのが、ふたりが話しているシーンを見ているとよくわかります。
そしてふたりは22年に揃ってMoto2クラスでグランプリ初優勝を挙げ、オーストリアGPでは、小椋→チャントラの順で1-2フィニッシュ! 翌23年の日本GPでは、今度はチャントラ→小椋の順で1-2フィニッシュを飾っています。小椋はMoto2参戦の4シーズンで、一番印象に残っているのが、チャントラとの1-2フィニッシュを飾った2つのレースだ、と言っています。
「24年にアイがMoto2のチャンピオンになったのは、自分のことのように嬉しかった。ライバルだから本当は喜んではいけないんだけど、嬉しかったんです。特にアイは、僕の母国、タイでチャンピオンを決めたのが誇らしい気持ちだったし、アイにとって素晴らしいシーズンでしたね。僕の方は23年にランキング6位になって、24年はトップ5を目指していたんだけど、ワンメイクタイヤがダンロップからピレリに替わって、メカニックも代わったことでうまく対応できませんでした。それでも全力を尽くして、楽しめました」

その24年シーズン、チャントラはフランスやオランダで5位に入賞したかと思えば、トップ10にも入れないレースがあったりと、成績が安定しなかったシーズンでもありました。
「シーズン前半はエンジンや車体、セッティングをいろいろ試してみましたが、あまり改善しませんでした。その後は23年のマシン仕様に近づけつつ、エンジンブレーキや出力特性のセッティングを詰めて、少しずつバイクが良くなっていった。ただ、セッティングを変える、効果がなかったら戻って、と試行錯誤が多かったですね」
そして24年シーズンが終わって、ふたりは初めてMotoGPマシンをテストライド。ふたりとも仲良く(?)一度ずつ転倒も喫してMotoGP初体験を終えています。
「テストが終わったあと、アイと話しました。スゴイネー(と日本語で)って。アイも同じような感想で、アイも『速いけど面白いよな』って。とにかくパワーがすごいし、加速が強く、楽しかったですね。Moto2マシンとの差はそれほど感じなかったけど、初めの数周はとにかく速くて驚きました。ウェット路面も走ったので、アイと『あれは怖かったよな』って」

25年シーズン、チャントラはIDEMITSUホンダLCRに、小椋はトラックハウス・アプリリアに所属し、違うチーム、違うマシンで戦うことになります。
「シーズンオフのテストで、LCRチームのみんなが、まるで家族のように暖かく迎えてくれて、僕のためにマシンを用意してくれた。走り出す前からすごく居心地が良くて、感動しました。走行前には、MotoGPマシンについてのブレーキの使い方や特性を丁寧に教えてくれました。コースに出た最初のラップは『こんなに速いんだ!』って驚きましたね。その後もマシンに慣れることに集中して、テストの終わりには僕の走りに、チームは満足してくれました」
それから年が明けて、タイ→マレーシアとプレシーズンテストがあり、チャントラも小椋も、いよいよ2月28日にMotoGPクラスにデビューの日を迎えます。開幕戦の舞台はタイ・チャーンサーキット。ふたりがアジアタレントカップに参戦していた2シーズンで、お互いに開幕戦で優勝したサーキットです。
「25年の目標は、まずポイントが獲れたらいいな、と思います。とにかく経験を積んで、MotoGPマシンをきちんとコントロールできるようになりたい。楽しみにしているコースは、オーストリアのレッドブルリンクと、やっぱり母国タイのチャーンサーキット。ここはストップ&ゴーの要素が強く、僕のライディングスタイルに合っているから好きなんです。特にレッドブルリンクは、2019年に初めてMoto2クラスにフル参戦した時、予選でフロントロー3番手になれたコース。タイには、母国のファンがたくさん応援に来てくれるのが楽しみです」


アジアタレントカップもCEVも、世界グランプリも同時期にデビューしたチャントラと小椋ですが、ふたりにはもうひとつ共通点があります。それは、アジアタレントカップ出身のライダーで、初めてMotoGPクラスにフル参戦する、ということ。ふたりがアジアタレントカップにデビューしてからちょうど10年の月日が流れました。
「タイのライダーで初めてMoto2レースで優勝して、初めてのMotoGPライダーになれたこと、アイとふたりでタレントカップ出身、初めてのMotoGPライダーになれたことは、とても幸せで、自分の夢をかなえるために努力してきてよかったと思います。幼いころ、テレビでMotoGPのレースを見て、いつか自分も――と強く願っていましたから、2018年に初めてタイグランプリにワイルドカード参戦した時は本当に嬉しかったし、翌年から世界グランプリにフル参戦を始めた時は、これは現実なのか、って気持ちでしたね」
ふたりとも、口を揃えてMotoGPは甘くない、と言います。少しずつマシンに慣れて走りの質を上げていきたい小椋と、モンスター級のパワーのMotoGPマシンを楽しみながら乗りこなしていきたい、というチャントラ。
「とにかくMotoGPクラスにデビューする日が楽しみです。速いライダーばかりのなかで、僕がどのくらいの位置にいるのか、そしてアイの走りにも興味があります。でも、最高のチームメイトのアイと、またいつか同じチームのライダーになれたらな、って思います」
さぁ、いよいよ開幕!
