レースの8割は楽しくない でもやりたくてやってることなんでつらく感じたことはない

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山本 鯨

元モトクロスレーサー/TEAM YAMAMOTO監督

2009年の全日本モトクロス選手権IB2/IB-OPEN チャンピオンを皮切りに、国内外のモトクロスシーンで活躍。17年から参戦したIA1クラスにおいては、3年連続を含む4度のチャンピオンに輝き、22年シーズンを以て現役を引退。現在はTEAM YAMAMOTOを結成し、後進の育成に取り組むほか、子供から大人までを対象としたスクール、Japan Motocross Academyを設立するなど、モトクロスの裾野を広げる活動に取り組んでいる。

成し遂げるのは自分じゃないって思ったんです

バイクに初めて乗ったのは2歳のとき。父がバイク好きで、3つ上の姉ちゃんが買ってもらったバイクに乗ってるのを見て、俺も乗るって言って。ホンダのQR50ってオフロード。そこが始まりです。小さいころから体動かすのが好きで、乗り物もすごく好きだったので、姉ちゃんが乗れるのに俺が乗れないなんて許せない、みたいな感じだったんだと思います。僕の場合、環境に恵まれたというか、いい人たちがいっぱいいてくれたんです。父は非常にパッションがある人だったので、小3くらいのころにはもう、この先どうするんや?と。もっと上を目指すならリスクを背負ってでもやらなきゃいけないし、必要なお金の桁が変わるタイミングがある。うちは特別に裕福な家ではなかったので、人生かけるなら家族としても覚悟決めてやらなあかんし、そうじゃなかったら遊びで楽しくやったらええ、って。家族の人生を背負わせるようなこと、小3に聞きますか(笑)? でも僕に迷いはなかったし、厳しさも知らないんで、俺プロになるよ、みたいな返事をしたのをはっきり覚えてます。何のためらいもなかったですね。

やりたいからやってたんで、あまりプレッシャーを感じたことはないです。ただ、勝つたびに自分への期待が増えるんで、自分自身との戦いはちっちゃいころからしてました。レースって大会では人と競いますけど、結局ほぼ自分との戦いじゃないですか。やらなきゃいけないこととか限界を決めるのって自分ですよね。それを乗り越えられるか否かって戦いが、人と戦う前にある。そこのプレッシャーは避けて通れないと思います。そもそもレースなんて8割は楽しくないですよ。でも苦しいか、楽しくないかって言われたら、やりたくてやってることなんであんま苦しさを感じたことはないです。ただ、ふと我に返ったときに怪我のリスクだったりと向き合わなければいけないっていうのはありました。けど、たとえば自分が標とする何かが達成できたら、その瞬間に8割の苦しさを払拭できる満足感があったんですよね。その感覚ってひとりでは達成できないと言うか、協力してくれる人がいてくれたからこそ、その感覚を味わえたんで、つらくはあったけど27年も現役を続けられましたし、人生を歩んでこれたんだと思います。やっぱりサポートがないと絶対できないですよ。経済的にもそうですし、みんながいるから成し遂げられるものってあるんです。個人スポーツなんですけど、大勢の支えの上に成り立つものなので、協力してくれる人たちを束ね、一致団結してもらって勝ち抜いていく。自分は本当にそこが好きで、本当にそれがすごく楽しかったんです。

引退は29歳のときです。いろいろ理由はあるんですけど、世界選手権を走ってるときに、いまの世界チャンピオンと同じチームで走らせてもらえたことで自分の甘さを思い知らされました。自分なりにずっと人生かけて一生懸命やってて、国内では子供のころから10歳上の選手とも戦えてた自分が、4つ年下の選手に刃が立たない。技術も人間性も自分を凌駕してるんですよね。それを目の当たりにして、俺もそこを目指さないとこの状況から抜け出せないって思ったのが転機でした。僕のなかでは国内タイトルは通過点で、本当は世界を相手に表彰台に登ったり、チャンピオンになりたかった。必死にやっての結果なんで自分では満足はしてるんですけど、結果的に目標としてたところは遥か彼方。それだけでなく体制的にも及ばなかった。そこで、この夢を成し遂げるのは自分じゃないって思ったんです。だから土壌を変えるって言うと大げさですけど、日本のモトクロスのために一歩先を見据えた行動をしないとまずいと思って、新しい選択をしました。他人が切り拓いた道を行くより、自分がチャレンジしたほうがいけるんじゃないかなって。

トップ選手を育てるには、まずバイクが好きな人を育てないとムリ。世界チャンピオンは人にやらされて取れるような甘いもんじゃないけど、環境さえ整えば僕が到達したところまではいけると思う。でも、そこから上はどれだけ欲することができるかの戦いです。わがままに思われるかもしれませんが、クシタニのように協力してくれる方がいるうちは恩返しできると思いますし、もっとチャレンジしたい。直接還元するだけでなく、モータースポーツに関わってる人、そして社会に還元、貢献していくのが僕の目指す場所。そこの視点が一緒なら、うまくリスペクトしあえる関係が築けるんじゃないですかね。ジャージのロゴひとつとってもそこにすごい意味と重みがあって、現役のときはもちろん、チームを運営するとなると、自分のことでいっぱいじゃ何にもできないじゃないですか。そこで同じ方向を向いて協力してくれる人がいることが、僕にとって大きい意味がある。レースするからには、そこでの活躍が100%重要なんですけど、それプラスαをどう生み出すかがいまの僕の仕事なんかな。命かけてレースしてる選手にその先まで望むのは不可能なので、それを補うのがチームだと思うんです。

先日、僕のアカデミーに中国のモトクロスやってるグループから連絡があって、もっと上達したいから力を貸してほしいって熱く言われたんです。僕の技術やノウハウを必要としてる人たちがいる。本当は2ヵ月後にコーチングしに来てくれって言われたんですけど、そんなの俺がやりたいことやし、そんな待ってられへんから自腹で行くわ! って、すぐ会いに行ったんです。必要とされれば国とか関係ないし、国境を越える力になる。その先でライダー同士、チーム同士が繋がって、支援してくれる企業にもメリットを生み出す循環ができたら、新たな価値が生まれるんじゃないかな。そういう場を作りたいです。ネットでタダで繋がれる時代に、小さくまとまるのはもったいない。世界を活用することで日本人にも海外に羽ばたくチャンスができるし、一方で自分たちの技術を学びの場として世界の人たちに提供できるシステムを作っていけたら僕は最高にうれしいです。もはや国内で活動して日本一を取るっていう活動目的だと限界があると思います。自分は小さくまとまる人間ではないし、一歩先で何かしたいって気持ちがある。それをちょっとでも叶えていきたいですね。

Photography / Yasui Hiromitsu (Weekend.)

Text & Edit / Higoshi Shota (Moto NAVI)

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