「 初夏の路田里はなやまに吹いた ルネッサの起こす巡り逢いの風」#6 道の駅 路田里はなやま(宮城県栗原市)| KUSHITANI COFFEE BREAK MEETING とバイク小説

道の駅 路田里はなやま(宮城県栗原市)での話

「初夏の路田里はなやまに吹いた ルネッサの起こす巡り逢いの風」

2022年

ー3月―

 タンクに触れていた右手を離して、馴染みのバイクショップをあとにした。振り返ると店長が店の入り口に立ってこちらを見ていた。俺がこのバイクショップに世話になり始めた頃、彼はまだ高校生だった。いつものように駐輪場へ向かって歩いていたことに気付いて、自分の足を駅に向けた。

 (しばらく、来なくなるかもしれないな)

 そう思ってもう一度振り返ると、まだ店の前に店長が立っていた。目が合うと彼は手を大きく上げた。俺も手を振り返した。

 26年間、1台のバイクに乗り続けてきた。それを今、手放してきた。

 この先、またバイクに乗ることになるのか、ならないのか…。

 このまま乗らなくなるのかもしれないし、また乗るようになるかもしれない。

―5月―

 「あった!」

 一人でいるのに大きい声を出してしまった。我に返って、私はもう一度パソコンの画面に顔を近づけた。

 ヤマハルネッサ、フルノーマル、オレンジ。

 間違いない。やっと見つけることができた。昨年末から毎週のようにチェックしてきたバイクが売りに出ている。しかもワンオーナーだ。嬉しくて、しばらく目を細めて車両の写真を見ていた。

 美しい。うっとりしてしまう。オレンジ色のルネッサは個人的な思い入れもあった。

 販売しているお店は宮城県仙台市にあるバイクショップだった。ここ静岡県焼津市から500キロ以上も離れている。

―7月2日8時半―

 俺は友人と二人で、自宅のある仙台から北へ50キロほど離れた場所にある《道の駅 路田里はなやま》に来ていた。この日は、ZuttoRide x KUSHITANI コーヒーブレイクミーテイングが開催されていた。

こいつは親友なのかもしれないが、悪友だ。なんせ、俺がバイクを手放していたことを知っているのに、バイクイベントに誘ってくるのだから。

ヤツの愛車はBMWのサイドカーだ。俺はその『サイド』に乗せられてここまでやってきた。

―7月2日9時―

 先月、仙台のバイクショップで実車を見たとき、ビビッと感じて即決してしまった。

 なんか違う、と感じることもあるのだと覚悟してはるばる焼津から来たけど、実際はそうならなかった。むしろ自分の頭の中に描いていた理想とぴったりだった。それは驚くくらいだった。同じノーマル車両で同じ色なら、どんな車両でもそう感じただろうか。

 その日に必要な書類を持ち帰って、先週、地元静岡でナンバーを発行した。今日はそれを持参してきた。ヘルメットとブーツも。

―7月2日9時半―

 だいぶ日差しが強くなってきた。暑くなりそうだった。

 だけど、なんて台数のバイクなのだ。この道の駅にこれほど多くのバイクが集まっているところを、俺は今まで見たことがなかった。若いライダーや女性ライダーも多い。誰もが皆、楽しそうにしている。

 おいおい、これじゃまた乗りたくなっちまうだろうが…。

―7月2日10時―

 小学生の頃、近所に住んでいた一回り年上のお兄さんが、これに乗っていた。オレンジ色のきれいな形をしたバイクだった。お兄さんは大きな体をしていたけど、背中を丸めてそれに乗っていた。きれいなバイクなのか、黒ずくめの大柄なお兄さんなのか、そのバイクに跨っているお兄さんとの全体のシルエットなのか、当時小学生だった私に強い印象を残していたのだろう。

 私がバイクに乗りたくなった10年前、お兄さんとバイクのことを思い出した。自動二輪の免許を取ってバイクに乗りはじめてからも、あのオレンジ色のバイクと大柄なお兄さんのことを、時々思い返していた。記憶は薄れることなく、むしろますます鮮明に蘇っていった。

 あのバイクに乗りたい、と強く思うようになっていた。そうして、あれは何というバイクだったのか、というところから調べ始めたのだ。

 私は念願のバイクに跨って走っている。仙台のバイクショップを出発し、北上している。もうじき《道の駅 路田里はなやま》に到着する。

―7月2日10時半―

 俺が乗っていたのと同じバイクは、まだここで見ていない。あれは不人気車で、生産台数も少なかった。だけど、気に入っていた。

 若い頃から趣味も考え方も少数派で、誰かに認められるなんてこともなかった。地元は静岡県焼津だが、大学を卒業し、就職のタイミングで上京した。仕事は長続きせず、転職を繰り返していた。地元静岡にも帰らず30過ぎまでフラフラしていた。今は宮城県で仕事をして仙台市に住んでいる。30代から世話になっている会社で40歳を超えた頃から、何故だか評価されるようになった。仕事は以前より楽しくなったが、忙しくもなった。バイクに乗る時間も取れなくなっていた。

 実家にいた大学時代から今年の3月まで、愛車ヤマハルネッサは、俺と一緒に連れてまわってきた。26年間ずっと俺のそばにいた。

 このまま手元に置いていたら腐らせてしまう。

 数年前から、そう考えるようになった。

 こいつを大事にしてくれる誰かに譲りたかったが、そんなあてもなかった。結局、今まで世話してもらっていたショップに引き取ってもらった。

―7月2日11時―

 道の駅のパーキングにバイクを停めた私は、クシタニコーヒーをもらいに歩いていた。少しでも動くと汗が出てくる。白い雲が青空に鮮やかだった。

 たくさんのバイクが並んでいた。ライダーはみんな楽しそうにしていた。

 ルネッサは良かった。適度な鼓動とサイズ感が、自分にちょうどよかった。バイクにぴったり収まっている感じと、自分で操縦できている感覚があった。初めて走る山道も楽しめるほどだった。

 クシタニスタッフにコーヒーをもらうとき、嬉しくてニヤニヤしてしまいそうなのを必死で堪えていた。

 柔らかい風が吹いた。

 鼻をかすめた夏の風が、何故だか私を郷愁に誘った。私は振り返った。あたりを見渡した。

 懐かしい匂いがした。…したような、気がした。

 コーヒーの入ったカップを片手に、あたりを見渡しながら愛車の方へ向かった。

―7月2日11時―

 一台のバイクが駐車場に停まっているのに、今気づいた。あれはルネッサだ。しかも、俺が乗っていたのと同じカラーだ。まだ乗っている人がいると思うと、嬉しくなってしまう。

 乗り手は、どんな人なのだろう。

 俺は、あたりを見渡した。

 少し考えたあと、ゆっくり歩き始めた。

 そのオレンジ色のバイクに、近づいていった。

おわり

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