「南彦根のお礼しに、バイクで行った 湖北水鳥」#9道の駅 湖北水鳥ステーション(滋賀県長浜市)| KUSHITANI COFFEE BREAK MEETING とバイク小説

道の駅 湖北水鳥ステーション(滋賀県長浜市)での話 

「南彦根のお礼しに、バイクで行った 湖北水鳥 」

8月
 その切符にスタンプを押してもらうと、俺は浜松駅の改札を通り抜けた。
 お盆休みが始まり、駅の構内は夏休みを楽しもうとしている家族連れやカップルたちでごった返していた。混み合っている新幹線の改札を横目に、俺は東海道線下り列車の停まるホームに向かっていた。静岡から名古屋へ、いや京都や大阪、もっと、広島までだって行けるものなら行こうと考えていた。

「青春、か…」
 青春18切符を財布にしまい、それをジーンズの後ろポケットに収めた。
 今年で31歳になる。俺の青春はとっくに終わっているものと思われる。

 1日電車乗り放題の切符が5枚ある。全て使い切って戻ってくるつもりだった。気になる駅で途中下車してブラブラしながら行けるところまで行くつもりだった。
 
 味噌カツでも食べようと思っていた名古屋に到着したのは午後2時近くだった。味噌カツは食べたものの他に行きたい場所もしたい事もなかったので、ふたたび電車に乗って名古屋を離れた。
(東海道本線で名古屋から西へ行ったことないな)
 列車の窓から、流れていく外の景色を見ていた。田んぼと、川と、よく見る日本の風景が広がっていた。

 新卒で採用された会社に今もそれなりにまともに働いている。休日の前の晩はカラオケに行ったり飲みに出たりして、ときどき馬鹿騒ぎして、休みの日は買い物をしたり、映画を観たり、遊園地や水族館や旅行に行ったりなんかした。それはいつも誰か友達とか、いるときは彼女とかと一緒に過ごした。
 だから今回みたいな一人旅は珍しかった。

 乗り換えの必要な大垣駅で電車を降りると、そのタイミングで駅の外へ出てみた。降りたことのない駅で少しブラブラしようと思った。だけど一人でどこへ行って何をしていいのかわからず、考えながら駅前を行ったり来たりしただけで、結局また電車に乗った。

(俺はいったい何をしたいんだ)
 考えるのも面倒くさいなとぼんやりしながら車窓を眺めていた。JR東海道本線は、そんな俺をさらに西へと運んでいった。

ーその夜ー

「俺はいったい何をしたいんだ、って思うんですよお」
「わかったわかった、呑め呑め」
 俺は、店のカウンターでたまたま隣に居たおじさんに勧められるがままビールを飲んでいた。
 滋賀県彦根市にいた。彦根駅周辺で宿を探したけど、どこも予約でいっぱいだった。南彦根駅から歩いて20分ほどの場所にビジネスホテルの空きを見つけ、午後5時過ぎに飛び込みでチェックインした。そこから歩いて5分もしない焼き鳥屋に入った。確かそのはずだった。

「まともに働いているんです。友達もそれなりにいますよ。彼女もそれなりにいました。不自由ない生活だとは思うんです。でもそれを続けてどうなるのかって…」
「うんうん」
 おじさんはまた俺のグラスにビールを注ぐ。そのビールを一口飲んで、グラスをゆっくりカウンターに置いた。L字型のカウンターと、その後ろにテーブル席が二つ。手前のテーブル席とカウンター席は、ほどよくお客で埋まっていた。決して広くない焼き鳥屋だが、なぜか居心地が良かった。東京や名古屋の居酒屋で飲んでいるときと少し違う。まるで地元静岡で飲んでいるみたいだった。
「あんた静岡からか。ここは雰囲気が似とるやろ」
 まさに今そう思っていたから、おじさんのセリフに驚いた。
「滋賀も静岡も、のんびりしとるんよ」
 ガラッと店の扉が開いて数人の男性が暖簾をくぐって入ってきた。まくし立てるような早口で喋りながら奥のテーブル席に落ち着いた。隣のおじさんと目が合った。
「同じ関西でもちゃうやろ?」
 大阪から来た人たちなのだと、自分でもわかった。
 そのあともカウンターで隣のおじさんと話をしていた。よくわからない薄ぼんやりした俺の話に付き合って聞いてくれた。
 一人になると何をしていいかわからない…。このまま同じ生活を続けていってそれが何になるのか…。俺は何もできない男なんです…。

 深い眠りから覚めた。その部屋は真っ暗だった。枕元に置いてあった携帯を見ると時刻は午前10時だった。
 遮光カーテンを開けると眩しい光が部屋に差し込んだ。昨日は閉店まで焼き鳥屋にいた。確か、俺とあのおじさんが最後の客だった。
 だいぶ酔っ払っていたと思うが、俺はチェックインしたビジネスホテルにしっかり戻って来ていた。
 喉が渇いていた。部屋に飲み物がなかったので、自動販売機で水でも買って来ようと財布を持って部屋を出た。自販機コーナーで財布を開けると一万円札がくずれていないことに気がついた。昨日ホテルにチェックインしたとき、現金は一万円札と小銭が数十円しか残っていなかったはずだから、昨晩の飲み代で一万円札がくずれていないとおかしいのだけど…。そもそも、飲み代を払った記憶もなかった。
(あのおじさん…)

 おじさんは別れ際にこう言った。「オートバイに乗ってみい」と。
 俺は「この歳で、今更? 人生変わりますか」と鼻で笑った。
 おじさんは落ち着いていた。「わからへんけど、あんたの望んどるモン、オートバイに乗ったらわかるかもしれへん」と言った。そうして背を向けて駅とは反対の方向へ歩いて行ってしまった。
 詳しく聞きたかったけど、もう声をかける雰囲気ではなかった。

10月
 俺は滋賀県長浜市にある「道の駅 湖北水鳥ステーション」にいた。今日は、ZuttoRide x KUSHITNIコーヒーブレイクミーティングの開催日だった。

 納車日が決まったと連絡があったその日に、俺はバイクウエアを買いに「クシタニ浜松本店」に行った。そこで「クシタニ」が展開しているバイクミーティングの存在を知った。
 ZuttoRide x クシタニコーヒーブレイクミーティングは一年を通して全国各地で開催される。滋賀県でも10月後半に開催されると知り、その日に合わせて準備をしてきた。

 あの夏休みの鈍行列車の旅は、結局南彦根で一泊しただけで終了し、静岡に戻ってきた。その日のうちに俺は教習所に行って入校の申し込みをしたのだ。めでたく普通自動二輪免許を取得して400ccのバイクも手に入れた。今日に至るまで、俺は毎週末バイクに乗って過ごした。まわりに乗っている友達もいなかったから、いつも一人だった。でもなぜか走っているだけで楽しかった。
 今日は初めての遠出。いきなり滋賀県だ。会場には思っていた以上にバイクが集まっている。クシタニスタッフにホットコーヒーをいただいて辺りをブラブラする。道路の向こうには琵琶湖が広がっている。

 

「おい」
 突然声をかけられ、びっくりして振り返るとあのおじさんがいた。南彦根の焼き鳥屋で、閉店まで話を聞いてくれたあのおじさんだ。もしかしたら会えるかもしれないと思ってはいたものの、本当にここで会えてしまうとは…。
「何してん?」
 そう言われてどう返事をしたらいいのか、すぐに思いつかなかった。
「…おじさんにお金を渡しに来たんですよ。ほら、あのときの飲み代」
「ほおーう」
 そう言って、おじさんは笑っていた。
「免許とって、バイクに乗ってまでしてかあ?」
 俺も笑った。
「ガソリン代にでもせえ」
 おじさんの手にもクシタニのコーヒーがあった。一口飲んで言った。
「これからどうするん?」
「日本海を見て、戻ろうかと」
「一人でか?」
「はい。一人で」
 おじさんは満足げな笑みを浮かべて、俺の肩をポンと叩いた。
「いい顔しとる」
 そう言って背を向け、俺から離れていった。たくさんいるライダーの人混みの中に紛れていき、いつの間にかおじさんの姿は見えなくなっていた。

おわり

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