「平家伝説、祖谷のかずら橋とカタナ乗りの助け船」#8リバーステーションWestWest(徳島県三好市)| KUSHITANI COFFEE BREAK MEETING とバイク小説

リバーステーションWestWest(徳島県三好市)での話 

「平家伝説、祖谷のかずら橋とカタナ乗りの助け船 」

 本当は、京都から静岡に帰らなければいけなかったのだけど、僕は今、何故か四国にいる。京都のアパートからオートバイを走らせてきて、昨日は徳島の安宿に宿泊した。 

 静岡から京都の大学に進学して、僕は4年生になっていた。

 今から4年前、卒業後は地元静岡の企業に就職する、という両親との約束のもと、希望の大学を受験した。無事合格し、自宅から通うことのできない京都の大学へ進学した。

 先日、就職を志願していた会社から内定の連絡があった。それを聞いた両親が「この土日で静岡に帰って来い」と言った。

 内定をもらった企業は関西の企業だ。そんなこと両親にはとても言えず『二輪関連の会社だ』とだけ伝えた。中堅企業に属する二次メーカーなのだろうが、一次にあたる二輪メーカーを、両親はたぶん勘違いしている。

 僕は、さらに内陸の方へオートバイを走らせた。今日のうちに帰宅するつもりだ。四国を一周するほど時間もないし、かといって行きたい場所を考えていたわけでもなかった。何せ昨日、急に行き先の変更を思い立ったのだから。

 実際に見てみたかった《祖谷(いや)のかずら橋》まで行ってみようと考えた。その橋はサルナシなど葛類でつくられた原始的な吊り橋で、国から重要有形民俗文化財に指定されていた。

 川と橋のある風景が好きだ。それを自覚したのは最近のことだ。オートバイで出かけた先で撮りためてきた写真を振り返って眺めていたら、風景写真の半分以上が川と橋の写真だったのだ。これから向かう場所にも、川と橋がある。

 途中のパーキングに、たくさんのオートバイが停まっているのを見た。オートバイのイベントでもやっているのだろうか。

 《祖谷のかずら橋》は独特のオーラを放って、そこに吊られていた。立て看板を読んで、その異様な雰囲気を感じた理由がわかった気がした。

『1184年、壇ノ浦の戦いに敗れた平家一行はこの山深い祖谷の地に逃れ、平家再興の望みを繋いでいた』という伝説があるとか。この橋は、源氏の討手が迫ってきたときにいつでも切り落とせるように葛を束ねてつくられた、というのだ。

 当時から残っている橋ではない。老朽化による崩壊を防ぐためにも、三年に一度、架け替えられているそうだ。橋は当時のものではないが、この橋をつくる技術は受け継がれたものなのだろう。

 それにしても山深い場所だ。今は観光地であり、舗装された道路が通り、人もそれなりにいる。でも、今から800年以上前のことを想像すると、本当に誰にも見つからない場所だったのだろうな、と納得できる。四国のど真ん中の山奥。人知れず隠れて生きることのできる場所だったのだ。

 

 何故か、早くここから出なければ、という気持ちが湧き上がってきた。慌てる必要など無いのに、僕は逃げるように葛橋から離れ、駐輪場へ向かった。

 国道に向かっていた。途中、食堂で蕎麦を食べた。千円と少しを支払ったあと、財布に残った最後の1枚は5千円札ではなく千円札だったことに気がついた。てっきり5千円札だと思い込んでいた。下に重ねるお札は大きいお札にしている。1万円札は使ったと記憶していたから五千円札があると思っていたのだ。まああとは帰るだけだし、淡路島は高速道路を使わずに下道で帰ればいいや、とその時はあっけらかんにそう思っていた。

 かなりの台数のオートバイが停まっているのが目に入り、僕は吸い寄せられるようにパーキングに入っていった。《大歩危小歩危》という渓谷の名勝地に《リバーステーションWestWest》という観光施設がある。今日ここで、ZuttoRide x KUSHITANI Coffee Break Meeting というオートバイミーティングイベントが開催されていた。

 

 あらゆるジャンルのオートバイが、同じ向き・同じ角度でずらりと並んでいる。自分も空いている場所に同じように停めた。コーヒーをいただけるようなので、そちらのテントに向かって歩いた。ナンバーは、徳島、香川、高知、愛媛…、と四国ナンバーがほとんどだった。

 ホットコーヒーをもらうのに少し並んでいた。

「どこから出るにも五千円くらいかかるでしょう?」

 クシタニのスタッフとライダーの会話が耳に入ってきた。

「だから俺、クルマとか普通二輪で四国から出たことがないんだよ」

 話を続けるライダーは四国に住んでいる人のようだ。話を聞いているクシタニスタッフは「そうなんですかあ……」と驚いていた。

「しまなみ街道からは出たことあるよ。あそこは小型二輪なら無料で出られるから」

 

 それを聞いた僕は不思議に思って、携帯電話で調べてみた。

 調べた結果に愕然として、青ざめてしまった。四国から橋を渡って本州に出る方法は、淡路島・瀬戸大橋・しまなみ海道の3つあるが、どこも渡るのに五千円くらいかかるのだ。下道なんて有って無いようなものだ。ETCがあれば安くなるし、淡路島で海峡を渡る箇所だけ料金を払うような最安コースも考えたが、それでも三千円ほどかかり、手持ちのお金では渡れない。

 まだ僕は学生で、ETCカードはもちろん、クレジットカードも持っていなかった。キャッシュカードはあるけど、ここに向かう途中に口座のお金を全部おろしてしまっていた。

 

 帰れない、のか……?

 どうやら僕は四国に閉じ込められてしまったみたいだ。

 ふと、さっきの祖谷のかずら橋で知った平家伝説を思い出した。彼らは望んで山奥の祖谷まで来た。そこからしばらく出るつもりもなく。でも僕は違う。軽い気持ちでふらっと四国に立ち寄って、そのままスッと出ていくつもりだった。……そんな風に、軽い気持ちで来てはいけない場所だったのだろうか。祖谷のかずら橋で僕を襲った『ここから早く出なければ』という気持ちは、本能から来た直感だったのか……。

 大袈裟かもしれないけど、想像が膨んでそんなことを考えていた。

 でも実際、僕は四国から出られなくなっている。

 

 ん、そうだ。

 親に電話して、このキャッシュカードの口座にお金を振り込んでもらえばいい。

 

 そう思いついたのもつかの間、そんなことできないよな、と思った

 親元を離れたくて、親に頼らず、ひとり自由に生活したくて、関西の企業を志願したのだ。だいたい今、実家に帰る約束を破って四国にいる僕が、そんな連絡できるわけがなかった。

 できないし、したくなかった。

 青ざめた顔で考えていたのだろう。それがブツブツと声に出ていたのかもしれない。

 ひと回り年上と思われるカタナ乗りの男性が「大丈夫か?」と声をかけてくれた。四国に住むライダーだった。説明しようと話すことを考えていたら、自分が情けなくて恥ずかしくて……。でもその声掛けは本当に嬉しかった。

 僕は訳を話し始めた

 

 

 旅の恥はかき捨て。

 

 

 そんな言葉が頭に浮かんだものの、あのお兄さんとはまた会うような気がしてならない。それも何回も。そうなるとかき捨てにならない恥となる。会うたびに思い出される恥だ。

 これは、若さ故に許された失態だ。

 

 僕は神戸から京都に向かって下道を走りながら、さっきのやりとりを振り返っていた。

 あのお兄さんは見ず知らずの僕に一万円を貸してくれた。

 

『なんで僕を信じてくれるんですか』

 僕は信じられなくて、そう聞いた。

『君はまた四国に来る。それも何回も』

 カタナ乗りのお兄さんはそう断言した。

『そんなの、なんでわかるんですか』

 実際、自分も四国に何度も来るかもしれないと思っていた。お兄さんは笑いながら僕の肩をポンポンと叩き、

『日が暮れるぞ』

とだけ言った。

 

 内定をもらったのは関西の企業だ、と告げたときの両親の反応は意外だった。

『きっと関西でいろんな刺激を受けているはずだから』

『私らが何を言っても、自分のしたい方向へ進むのだろうと思っていた』

『卒業したら、静岡を離れるだろうと覚悟していた』と。

 

 初めて両親が僕を大人と認めてくれたと感じた。

 

 僕は親元を離れる。自由になるために。そのためには自立した大人になる必要があった。

 自立した大人になるために、僕は再び四国に行く。

 

 四国に自立した大人として認められるまで、僕は何回も、四国に行くだろう。

 

 

おわり

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