道の駅 加子母(岐阜県中津川市)での話
「春を迎える」
「中津川まで走ろうぜ」
4月に入って、仲間から何度かバイクツーリングに誘われていた。
しかしどうしてだろう、そんな気になれない。毎年4月は「さあ、今年も頑張るぞ」という気持ちになるのに、今年はそうならない。仕事だけでなく、プライベートでもやる気が起こらないのだ。
大好きなバイクツーリングの誘い。季節もいいし、いつもなら即答しているところなのだが…。
誘ってくるのは定年退職や早期退職した連中だ。私は定年まであと二年あるし、その後も延長雇用を申請するつもりでいた。
でもツーリングに行く気になれないのは、そんな理由では無いはずだった。
そんな誘いを受けていることを妻にポロッと口にしたら、年が明けてから休日はほとんど家にいる、たまには気分転換するといい、などと中津川に行くことを勧めてくる。
いつも好きにさせてくれる。出掛けるのは気乗りしないが、心遣いはありがたいと思った。
子供たちが独立して、二人だけの生活が始まって久しい。俺が家に居ない週末、一人の時間も欲しいのだろう、とも察した。
集合が朝4時半と聞いて「早すぎる」と文句を言ってしまった。新東名高速「浜松いなさ」インターのあたりで集合し、257号線を北上するという。
中津川まで下道で行くというのはわかる。道の駅加子母で開催されるクシタニコーヒーブレイクミーティング開催日である23日の土曜日に合わせるのもわかる。
だけど集合時間が4時半だなんて…。
前日の金曜日は決まって忙しく、残業で遅くなるのはわかっていた。
ブツブツ文句を言っていた私に仲間は、
「クシタニコーヒーブレイクミーティングは朝7時からだ。加子母まで4時間かかる。お前に気を遣って4時半にしたんだ。本当は3時にしたかったよ」
と、大きな声で笑った。
「らしくないな。集合時間が早くても、文句を言ったことなんて無かっただろう」
別の仲間には、そう言われた。
目がショボショボする。ヘルメットのシールド越しに、朝日を浴びてバイクに跨っている仲間の後ろ姿を見ながら、まばたきを繰り返している。
不思議なもので、乗り出すと気持ちが上がる。やはり、バイクは楽しい。
晴れ男の集団が、快晴の奥三河を縫うように駆け抜けている。前を走るあいつも楽しそうだ。ストレートでは緩やかに蛇行したりしている。鼻歌まじりなのが想像つく。
岐阜県に入り、中津川市に入った。山の中にポツポツと白いかたまりが見えるのに気づいた。あちこちにある。
あれは、桜だ。ここは、まだ咲いているのか。
一本の満開に見える桜が、あちらに、こちらに、ちらほらと点在している。遠くの山々にもあるし、走っているすぐ脇にもあったりする。
控えめでもいいものだな、桜は。
満開の桜が好きだ。毎年必ず桜を見ている。忙しくても、名所まで行けなくても、用事の通りがかりや、移動中でも少しの間クルマを停めて、満開の桜をじっと眺めたりする。そんな風に5分もしない花見をすることがよくあった。
今年の花見はどこでしたかな…。
はて?…、と記憶を遡ってみる。しかし、どうしても今年の花見をした記憶が思い出せない。
道の駅加子母のクシタニコーヒーブレイクミーティング会場に、続々とバイクが集まってくる。たくさんの様々なジャンルのオートバイがズラリと並んだ。そのうちの一台が俺のバイクだ。
クシタニスタッフからホットコーヒーを手渡され、ありがたく頂戴する。俺たちは並んでいるバイクを眺めながら、珈琲を片手にゆっくり会場を歩いて回っていた。
「まだ、桜が咲いていたな」
俺は仲間に言った。
「おお、今年は花見できなかったなあ」
「え?」
俺は仲間の方を振り返った。
「満開の週末は雨だったろう。翌週末は、もう葉桜だし」
そうか…。
俺はたぶん、今年の花見をしていない。
「どちらからですか?」
気の良さそうな中年男性に声をかけられた。俺たちは静岡県浜松市から来ていることを告げ、同じ質問を彼にした。
「仙台からです」
誇らしげに彼は言った。俺たちは目を見合わせて「すごい」と笑い合った。
宮城県か…、いくら遠くても来る人は来るのだな。
仙台の彼がきっかけなのかわからないが、今年も頑張ろうと思えてきた。
帰りに満開の桜を見かけたら、そこにバイクを停めて花見をしよう。
1本だっていい。5分だけの花見をするのだ。
そうすれば、今年の春を迎えることができるかもしれない。
ようやく
俺の中に。
おわり
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